西日本豪雨3年 復興進む…遺族は記憶の風化を危惧 広島

広島県内だけで150人が亡くなった西日本豪雨から3年。遺族や被災者などが犠牲者に祈りを捧げました。

各地で営まれた追悼式ー遺族らが参列し犠牲者を悼みました。

2018年7月に発生した西日本豪雨。

1200カ所以上で土砂災害が発生したほか12の河川で堤防が壊れ1万5千件を超える家屋が全壊などの被害を受けました。

災害関連死を含めると150人が亡くなりいまも5人の行方がわかっていません。

6日は午後から警察が150人態勢で行方不明者の捜索を行いました。

(県警機動隊大地勝司中隊長)
「この捜索では行方不明者の手がかりが少しでも見つけられるよう捜索に全力を尽くしたいと思っています」

災害から3年、被災地では復興が進んでいます。

災害後新たに170カ所で砂防ダムの建設に着手。今年度中にすべて完成する見通しです。

道路や河川などの復旧工事も7割が完成。残る3割も今年度中の完成を目指しています。

一方、自宅に戻れていない被災者はピーク時(18年11月)と比べると大幅に減少しましたがいまだに38世帯・91人が応急仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされています。

12人の住民が犠牲となった熊野町の大原ハイツ。おととい、団地の公園には被災を伝える石碑が完成しました。

「未来へ繋ぐ尊い命の大切さ」夫を亡くした桐岡幸恵(73)さんも、災害を伝えていく大切さを胸に抱いています。

(桐岡さん)
「ずっと末永くみんなに伝えていきたい忘れてほしくない自分の命は自分で守ってほしい」

午後、安芸区の梅河団地へー土石流に巻き込まれて亡くなった植木将太朗さんの自宅跡地を訪れました。

災害から1年が経ったころ桐岡さんは将太朗さんの家族と交流をもつようになりました。

(植木富士子さん)
「家族を亡くしたものじゃないと分からない気持ちとかそれをネタにして笑い飛ばしたりかも遺族同士だからこそできる何かもあってときどき会って話をしたりがとても楽しいです」
(桐岡幸恵さん)
「力になるし寂しさがまぎれるし」
(植木富士子さん)
「大切にしていけたらね」

大規模な土砂崩れが発生し12人が死亡した呉市・天応地区。

天応小学校では、災害を振り返る資料室ができました。

3年前、全校児童のほとんどが災害を経験しましたが当時幼かった児童は…。

(1年生)
Q3年前の災害って覚えてる「覚えてない」

あの日を伝えるため立ち上がったのが上級生、当時3年生だった6年生の児童です。

災害当時の写真やボランティアへのインタビューなどを自分たちの言葉でまとめました。

(6年生)
「怖さをちゃんと知ってどんどん小さい子たちに伝えていってもらいたいです」
(1年生)
「説明がすごかった(災害の怖さを知って)ぞくぞくした」

この資料室は20日まで住民にも公開され被害の実態が子どもたちの手で継承されます。